― クラウド時代の「データ主権」を取り戻す考え方 ―

20261月8日

クラウドは、私たちの働き方やサービスの在り方を大きく変えました。
サーバを持たず、必要なときに必要な分だけ計算資源を使える。
この利便性は、もはや社会インフラと言っても過言ではありません。

しかし一方で、クラウドに関して根本的な問いが残っています。

「クラウドに置いたデータは、本当に自分のものと言えるのか?」
この問いに答えようとする考え方が、コンフィデンシャル(機密)コンピューティング(Confidential Computing) です。

VMという「部屋」と、見えない「大家さん」

クラウド上で利用される多くのシステムは、VM(仮想マシン)上で動いています。
VMは一見すると、利用者専用の独立したコンピュータのように見えます。

しかし、VMには必ず前提があります。
それは VMを管理・運用する立場の存在 です。

比喩的に言えば、
・VMは「部屋」
・クラウド事業者や運用者は「大家さん」
という関係になります。

大家さんは、建物全体を管理しています。
設備点検や障害対応など、正当な理由で部屋に入る立場にもあります。

ここで重要なのは、
「大家さんが悪いかどうか」ではありません。

構造上、見えてしまう立場にある
という点そのものが問題なのです。

なぜディスク暗号化だけでは足りないのか

多くのクラウド環境では、ハードディスク(仮想ディスク)の暗号化が行われています。
これは重要な対策です。

しかし、ディスク暗号化は「保存されている状態のデータ」を守る仕組みです。
コンピュータが処理を行う以上、データは必ず次の流れを辿ります。

・ディスクから読み出され
・メモリ上に展開され
・CPUで処理される

このとき、
・個人情報
・業務データ
・ディスク暗号化の鍵そのもの
が、メモリ上に平文として存在する瞬間が必ず発生します。

つまり、
ディスクが暗号化されていても、
メモリが暗号化されていなければ、
結果として中身は見えてしまう。

これは技術の不備ではなく、コンピュータの原理そのものです。

VM利用者が抱える「見えない不安」

では、VMを利用している側はどうでしょうか。

利用者は、
・ディスクの中身を見られたのか
・メモリの内容を取得されたのか
を技術的に知る手段を持ちません。

仮にデータが取得されていたとしても、
VMの中からそれを検知・証明することは困難です。

結果として利用者は、
「管理者は見ていない」
「事業者は信頼できる」
と 信じるしかない状態に置かれます。

ここに、クラウドにおける本質的な非対称性があります。

コンフィデンシャルコンピューティングの本質

コンフィデンシャルコンピューティングは、この構造を変えようとする考え方です。

ポイントは単純です。
・管理者がアクセスできる立場にあっても
・中身は読めない状態を作る

これにより、
「アクセス可能性」と「可読性」が分離されます。

管理や運用はできる。
しかし、データの意味は理解できない。

つまり安全性を、
「誰が運用しているか」
「誰を信頼するか」

ではなく、
「構造として読めないかどうか」
で判断できるようにする。

これがコンフィデンシャルコンピューティングの本質です。

「大家さんからも守られる」という意味

この状態を比喩で表すなら、次のようになります。

VMという部屋に住んでいる利用者が、
建物を管理する大家さんからも、
部屋の中身を守られている状態。

大家さんは建物を管理できます。
必要があれば部屋に入ることもできます。

しかし、
住人の重要な財産の中身は見えない。

この関係を 信頼ではなく技術で保証する。
それがコンフィデンシャルコンピューティングです。

しかし残る「鍵管理」という問題

ここで一つ、重要な問題が残ります。

暗号化を行う以上、
「鍵」はどこかで生成され、どこかで管理されます。

・その鍵はどこにあるのか
・誰が管理しているのか
・その管理者を、また信頼していないか

多くのコンフィデンシャルコンピューティング技術では、
この鍵管理をCPU内部など、特殊な仕組みに委ねています。

これは強力な解決策である一方、

・特殊なCPUが必要
・利用できる環境が限定される
という課題も生みます。

特殊なCPUがなければ、データ主権は守れないのか

ここで立ち止まって考える必要があります。

データ主権は、
特定のCPUを使える環境でしか守れないものでしょうか。

・オンプレミス
・クラウド
・エッジ
・既存サーバ

どの環境でも、等しく守られるべきではないか。

この問いが、次の発想につながります。

鍵を「管理しない」という考え方

従来の発想はこうでした。
・鍵を安全に保管する
・鍵を隔離する
・鍵を守る

しかし、鍵が存在する限り、
・盗まれる
・管理される
・預ける
という問題は必ず残ります。

そこで生まれるのが、

「そもそも鍵を管理しない」

という発想です。

鍵を保存しない。
保持しない。
参照できる場所を作らない。

盗まれる対象そのものを作らなければ、
鍵管理という問題自体が消えます。

コンフィデンシャルコンピューティングの次の段階へ

コンフィデンシャルコンピューティングは、
・単なるCPU機能の話ではなく
・単なる暗号技術の話でもありません。

それは、
「信頼に依存しないデータ保護構造」をどう作るか
という思想です。

そしてその思想は、
・特殊な環境だけでなく
・すべての実行環境で
・等しく成立するべきもの
へと進化していく必要があります

結論

コンフィデンシャルコンピューティングとは、
管理者を疑うための技術ではありません。
運用者を信用しないための仕組みでもありません。

信用に依存しなくても、
データ主権が成立する構造を技術で実現すること。

それが、
クラウド時代におけるコンフィデンシャルコンピューティングの本質です。